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祈りの日本、基準の世界——計算モデルを使う側の話

作り手ではなく、ユーザーの話だ。

日本のユーザーは祈って使う

性格・相性、プロンプト術、使い分け。

世界のユーザーは基準を書いて使う

「事前に KPI と合格基準を定義せよ」だと。

差は気質ではなく、責任の所在だ

祈りには合否がない。基準を書いた瞬間に合否が生じ、未達は記録され、次の改善の手がかりになる。日本のユーザーが「相性」「使い分け」で結論する限り、経験は個人の感覚に閉じ、組織にも社会にも蓄積されない。さらに、AI に合格ラインを書かせるならもう論外。日本は世界と同じ導入率でも効果が出ない構造(PwC の 5 カ国比較〔2025 春〕は、日本は「活用の推進度こそ平均的だが、他国に比べて効果創出の水準が低くとどまっている」)は、ここから生まれているのではないか。

祈りは敬虔だが、再現性がない。AI をビジネスに実装するなら、使う側は合格ラインを書く側に回るしかない。

書ければの話だけどさ。